2006年1月24日
花材:ツバキ、アルストロメリア、花菜、カーネーション、カスミソウ、カンガルーポー

ツバキ(椿) Camellia japonica ツバキ科
お正月には「松竹梅」を飾る習わしが今にも残るが、その基は「松竹椿」であったと言われ神社の襖絵などに描かれている。太古の昔、春の花はサクラ、ツツジ、アセビの他にツバキなどが数えられ、特にツバキは古事記や日本書記にも多く記載されている。ツバキの語源は「厚葉木」か「艶葉木」と言われている。又、「椿」は和字で漢字ではなく、漢字にも「椿」はあるがこの植物はセンダン科の「チャンチン」である。今日ツバキと言われる花は殆どが園芸種で江戸時代以降に作りだされたものである。その基になった野生のツバキは「ヤブツバキ」と称し青森が北限とされ、北海道に自生はない。ツバキの品種改良は全国各地で行われそれぞれの地域の特色のある品種が生み出された。それは「江戸ツバキ」「京ツバキ」「中京ツバキ」「肥後ツバキ」等である。茶花で人気の「ワビスケ」があるが、これは独特の形質をもちヤブツバキとは別物であると言われるが来歴は謎に包まれている。樹齢350年と推定されるその古木は京都、大徳寺に今も残る。ツバキの品種改良は今日も盛んで種間交雑や外来種の導入により様変わりしてきた。
ハナナ(別名:菜の花、ナタネ、アブラナ) Brassica campestris アブラナ科
黄色い菜の花が一面に咲いた光景を見ると、昔見た早春の田園風景を思い出す。それは「ナタネ油」を採る為に水田の裏作で日本全国何処でもアブラナが栽培されたからである。又その絞り粕は油粕として今日でも有用な肥料に使われている。以来、春の花として歌に歌われ、端午の節句には雛壇に飾る花としてももてはやされている。今日切り花用に栽培されているハナナは縮緬ハナナと称し縮緬白菜から分離したものと言われている。これは蕾を摘んで野菜用にも用いれている。最近春になると河川の広い敷地が一面に黄色い菜の花が咲く。これを見て、昔、田圃や畑で見た菜の花畑を思い出す人も多いがこれは「アブラナ」ではなくカラシナが野生化したものである。共にアブラナ科の近縁種である為、花は変わりない。
アルストロメリア Alstroemeria hybrida アルストロメリ科
南米のチリ、ブラジルなどが原産地。従来、ヒガンバナ科に属していたが、独立したアルストロメリア科に分かられるようになった。その多くの原種を基にイギリスやオランダで品種改良が行われ切り花用の優れた品種が多数作り出された。それらは昭和40年代にオランダから導入され、一挙に広まり、今日では切り花用主要花卉に成長した。導入当時、切り花用の優良品種は全てパテントが付けられ、パテント料の支払いが必要になる事と同時に、勝手に殖やさせない事などの条件が付けられていた。またそのような制度は当時、欧州、アメリカにおいては浸透していたが日本に於いてはそのような制度はなく対応に苦慮した。時には数千本以上のまとまった数量を一度に購入せなくてはならず、当時の農家は面食らった。しかし、今日では他の花卉も含めそのような制度は浸透し、日本の花卉種苗の品質は世界的なものになった。ところがこれとは別に何時の頃に日本に入ってきたのか、農家の庭先などで「ユリズイセン」の名で植えられているものがある。これはアルストロメリアの原種、「プルケラ種」で大変丈夫で、屋外で容易に年を越し毎年咲いてくれるが、切り花用園芸品種に比較すると花は小さい。
カンガルーポー(Kangaroo Paw) Anigozanthos spp ハエモドルム科
オーストラリア西部原産、背丈は1m以上になる、常緑、単子葉の多年草、葉形はアヤメや石菖に似る。花は毛に包まれた珍花。その花型がカンガルーの足に似ている為、その名がある。花期は春から夏。湿地から乾燥地帯にまで自生するが、やや湿り気を好むものが多い。冬は最低温度5℃以上が良い。我が国での栽培の歴史は浅く、昭和46年にニュージーランドから初めて入った。そして昭和48年頃から切り花用に栽培が始まった。花保ち良く、ユニークな花型が新しい花材として人気を呼んだ。導入時はヒガンバナ科に属してしたが今は聞きなれない、ハエモドルム科。これはオーストラリアとニューギニアにある Haemodorum と言う植物とその近縁種からなり、単子葉の多年草で北米と中南米と南アフリカ、豪州にのみ自生。ユーラシア大陸にはない植物の為、なじみが薄い。
カーネーション Dianthus caryophyllus ナデシコ科
南欧、西アジアに自生する原種を基に14世紀頃、イギリスで品種改良が始まり、後、フランスでも改良が進み、18世紀になり、イギリスではボーダーカーネーションが、19世紀にはフランスで四季咲き性のマルメゾン・カーネーションが完成した。これらは何れも実生系で背丈は30cm程度、花色は固定されていた。その後、20世紀になって今度はアメリカ育成された栄養系で四季咲き性のパーペチュアル・カーネーションが作り出され、今日の切り花用温室カーネーションとして発展した。日本への渡来は江戸初期の17世紀頃でオランダ船で持ち込まれ「アンジャベル」また「アンジャ」の名で呼ばれていた。明治になってアメリカから温室カーネーションが導入され切り花用営利栽培が始まり「カーネーション」の名になった。戦後になって鉢植えや花壇でも花が楽しまれるようになり、実生系のボーダーカンーネーションなどを基にミニカーネーションが作り出され鉢植えとして人気を得ている。カーネーションの育種には多くの原種が交雑されて出来上がった訳であるが中国原産のセキチクの交雑により四季咲き性になった事がこの花の価値を大きく高めた。
シュッコンカスミソウ(宿根霞草) Gypsophila paniculata ナデシコ科
原産地は中央アジア、地下部に多肉質の根茎ををもち、冬はロゼット株で越冬し、寒さに強い。栽培の歴史は浅く、1759年の欧州に紹介され、フラワーアレンジメント用に栽培されるようになった。その後、アメリカで品種改良が進み、今日の品種にもつながる「ブリストル・フェアリー」が育種され栽培が広まった。日本への導入は1879年に在来種が導入されたが西洋式フラワーアレンジメントが普及していない時代で、あまり栽培される事はなかった。また当時はカスミソウの名前ではなく「コゴメナデシコ」の名が使われ、昭和40年発行の牧野植物図鑑にもこの名前で記載されている。今日栽培されている切り花用種の導入は遅く1975年であったが、生活スタイルが西洋化する中、大変な人気を得て一挙に広まった。品種や花色に大きな変化はないが赤花の「レッドシー」も加わった。カスミソウには本種の他に春蒔き1年草の G, elegans が栽培が容易で広く栽培される。そしてガーデニングで人気を得ているなが丈の低い、G, repens がある。それには「ガーデンブライド」などの品種があり寄せ植えに人気。

